発行日 :平成23年 1月
発行NO:No26
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜クレームの補正が新規事項の追加にあたらないとして、審決を取り消した事例〜
1.事案の概要
  本件(知財高判平成22年6月22日、平成21年(行ケ)第10303号審決取消請求事件)は、「携帯電話端末」の発明に係る特許出願につき、原告が拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたところ、特許庁は審判請求時のクレームの補正(以下、「本件補正」という。)が新規事項の追加にあたるとして補正を却下した上で、本願発明は先願発明と実質的に同一であるから、特許法第29条の2に該当するとして請求不成立の審決をしたことから、原告がその審決の取り消しを求めた事案である。

2.本件で問題となった補正
(1) 本件補正前のクレーム
  本願発明は、病院等の携帯電話の使用が禁止されている場所においても、通信機能のみを停止させ、電話番号帳、電子手帳、時計等の通信とは無関係の機能を使用できるようにして利便性を向上させた携帯電話端末に関するものである。本件出願(特願2003-182514号)は、特願平10-107243号を原出願として平成15年6月26日に出願された分割出願であって、原告は、最初の拒絶理由通知に対する応答時、手続補正書を提出してクレーム1を補正した。同手続補正書によれば、本件補正前のクレーム1は、次のとおりである。

「【請求項1】
  通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
  前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,
  前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

(2) 本件補正の内容
  原告は、2回目の拒絶理由に対する応答時、クレーム1を再度補正したが、平成19年5月25日付で同補正は却下され、本願発明は本件出願前に出願され本件出願後に公開された先願発明(特願平10−39681号)と実質的に同一であるから特許法29条の2に該当するとして拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年7月2日、審判請求すると共に、同年8月1日付でクレーム1を次のとおり補正した。同手続補正書によれば、本件補正後のクレーム1は、次のとおりである(下線部分が補正された部分である。)。

「【請求項1】
  通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
  前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,
  前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」


3.本件の争点と判示事項
  本件の争点は、要するに、上記下線部の補正が、新規事項の追加にあたるか否かである。特に、「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」と「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」が、通信機能を停止させたときでもそのまま動作可能な機能として、当初明細書に記載されているといえるかの点が争点となった。  以下、被告特許庁の主張(審決の判断)と知財高裁の判断を対比する。

被告特許庁の主張(審決の判断) 知財高裁の判断
(1) 当初明細書には、マイク及びスピーカに関する補正事項について、直接の記載がない。

  『これらの記載からは,使用可能な複数の機能としては「通信機能」「電子手帳機能」「電話帳機能」「時計機能」のみが示され,そのまま動作可能な複数の機能としては「電子手帳機能」「電話帳機能」「時計機能」のみが示されていると解され,使用可能又はそのまま動作可能な複数の機能としての「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」は読み取ることができない。』(審決)

  『審決では,補正事項イ)について,文言上,他の機能に並列する「機能」として,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」の記載はみあたらないとしているだけであり,本願明細書に「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」という直接の記載はないのであるから,そもそも審決の認定に誤りはない。』(被告の主張・判決14頁11〜16行)
   (1) 従来技術に関する記載であっても、本願の構成とほぼ同様と説明されていれば、その記載も読み併せて判断すべきである。

  『前記1の段落【0002】及び図7を参照すると,従来の携帯電話端末は,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8」と,「音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」を備えており,また,本願発明の携帯電話端末に関して,「本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,」(段落【0016】参照)と記載されているとともに,発明の実施の形態を示す図1には,マイク8及びスピーカ9が制御部10と矢印線により結ばれている様子が示されている。

 すると,当初明細書等に記載された本願発明の実施例としての携帯電話端末は,「マイク8」と「スピーカ9」とを備え,従来の携帯電話端末と同様に,「マイク8」は「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ものであり,「スピーカ9」は「音声電気信号を音響信号に変換する」ものであると認められる。』(判決28頁5〜17行)
(2) 当初明細書にはマイク及びスピーカの「機能」について、明示的な記載がない。

  『本願明細書では,「マイク」及び「スピーカ」の動作について「機能」という表現はなく,「はたらき」,「役割」,「作用」という表現もされていないから,「マイク」や「スピーカ」の動作を「機能」と表現すること自体に必然性がなく,仮に「動作すること」を「機能」と表現できるとしたところで,「マイクの機能」,「スピーカの機能」にとどまるものである。』(被告の主張・判決14頁17〜21行)
(2) 物が動作することによって作用が生じ、その結果「機能」が提供されると解すべきである。

  『「広辞苑第6版」(甲6)によれば,「機能」とは,「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有する固有な役割。また,その役割を果たすこと。作用。」を意味するものと認められるから,物が動作することによって,作用が生じ,その結果「機能」が提供されると解されるから,当初明細書等に「マイク」及び「スピーカ」に関して「機能」との明示的な記載がないとしても,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ことが「マイク8」の機能であり,「音声電気信号を音響信号に変換する」ことが「スピーカ9」の機能であるということができ,また,「マイク8」及び「スピーカ9」を備えた携帯電話端末が,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」を有していると認定することができる。』(判決28頁18行〜29頁1行)
(3) 当初明細書には、マイク及びスピーカに関し、回路部品単体としての動作が示されているだけで、アプリケーションとしての機能は記載されていない。
 『本願発明における「機能」として本願明細書に明確な技術概念の定義はなく,本願明細書の段落【0012】【0015】【0022】【0029】に記載されているように,電子手帳,電話帳,時計等の使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」が例示されるのみである。そして,「マイク」及び「スピーカ」に至っては,従来技術において回路部品単体としての動作が示されるだけであり,「マイク」及び「スピーカ」に上述のような携帯電話端末のアプリケーションとしての機能は本願明細書から何ら読み取ることはできない。』(被告の主張・判決15頁1〜9行)
(3) 本願発明にいう「機能」は、アプリケーションとしての機能に限られると解することはできない。

  『機械的な部品や電気回路等のハードウエア構成も,それらの動作によって使用者に固有の機能を提供すると解されるから,「アプリケーションとしての機能」に限られる理由はなく,また,前記1の段落【0005】においては,通信用接続情報に関して,「無線チャネルの設定,維持,切り替え等を行う無線管理機能」,「位置登録,認証を行う移動管理機能」,「発呼切断等の呼制御機能」等,携帯電話端末内で行われる様々な働きを「機能」と称しているから,本願発明にいう「機能」が「アプリケーションとしての機能」に限られると解することはできないというべきである。』(判決29頁17〜24行)
(4) 当初明細書の記載からは、通信機能が停止したときにマイク及びスピーカに電源が供給されて動作可能となっていることは読み取れない。また、その点は、当初明細書の記載を考慮しても、自明とはいえない。

  『本願明細書では,発明の詳細な説明において,「マイク」及び「スピーカ」の動作が記載されていないから,通信機能が停止した場合に「マイク」及び「スピーカ」に電源が供給されて動作可能となっていることを読み取ることはできない。
  また,それらの記載を考慮しても,通信機能停止時に「マイク」及び「スピーカ」が動作可能であることは自明ではない。』(被告の主張・判決16頁3〜7行)
(4) 図面においてマイク及びスピーカは制御部と矢印線で結ばれている。また、一般に、マイク及びスピーカは本体部に電力供給されていれば、使用可能な状態となるものと解される。

  『図1において,「マイク8」及び「スピーカ9」が制御部10と矢印線で結ばれていることから判断して,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10に接続されて,制御部10との間で電気信号の授受をするものと解され,また,物理学辞典改訂版(甲16)によれば,「マイク」及び「スピーカ」には様々な構造があるものの,一般にそれらが接続されている本体部(制御部10)が電力供給されて動作可能となっていれば,本体部との電気信号の授受に基づいて,それぞれ音声の入出力に関する固有の動作を実行することができ,使用可能な状態となるものと解されるから,本願発明の実施例において,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10とともに,使用可能な状態となると認められる。』(判決30頁22行〜31頁5行)
(5) 通話は無線通信を用いて行うものであるから、通信機能停止時にマイク及びスピーカが動作可能であるとはいえない。 

  『携帯電話端末における通話は,無線通信を用いて行うのであるから「通信機能」を必須としており,通話にマイク及びスピーカの動作は必須であるから,「通信機能」と「通話機能」という表現を用いて両者が技術的に全く異なるものとして扱い,通信機能停止時に「マイク」及び「スピーカ」を動作可能となると結論づける原告の主張には根拠がない。…
  本願明細書等において,通信機能が停止した状態で「マイク」及び「スピーカ」への電源供給がされて動作可能であるか否かは記載されていないから,「マイク及びスピーカへ電源が供給され続け,使用可能と理解する」という原告の主張は誤りである。』(被告の主張・判決16頁8〜19行)
(5) 当初明細書の記載を総合して考慮すれば、無線信号の発着信を行わないすべての機能は使用可能になっていると解するのが自然である。

  『「通信機能のみを停止させ,電話番号帳,電子手帳,時計等の通信とは無関係の機能を使用できるように」する(前記1の段落【0015】),「病院等の無線通信禁止区域において,通信機能のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができるため,利便性を向上させることができ,また,通信機能を停止させて消費電力を低減することができる。」(前記1の段落【0040】)と記載されているから,上記「等」の記載に基づくと,「時計機能」及び「電話帳機能」は,通信とは無関係の機能の例示であって,この両者の機能のみが使用可能となることを意味するものではなく,むしろ,「通信機能のみ」を停止させるとの記載によれば,無線信号の発着信を行わないすべての機能は使用可能になっていると解するのが自然である。』(判決33頁3〜13行)

  個々の争点については、以上のとおり判断された結果、本判決では、上記2(2)の下線部の補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであると認められるものであって、当初明細書等の範囲内においてするものということができると判断された。したがって、審決が上記2(2)の補正を却下する決定をしたことは誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を与えることは明らかであるとして、審決が取り消された。

4.考察
  特許法17条の2第3項は、明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をするときは、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を規定している。「当初明細書等に記載した事項の範囲」を超える補正事項を含んだ補正がなされた場合は、同規定に違反した新規事項を含む補正となり、出願拒絶(特許法49条1号)、特許無効(特許法123条1項1号)の理由となり、また最後の拒絶理由通知に対する応答時の補正又は拒絶査定不服審判請求時の補正である場合は、補正却下の対象となりうる(特許法53条1項、同159条1項、同163条1項)。
  この「記載した事項の範囲内」は、当初明細書等に、A)明示的に記載された事項である場合と、B)明示的な記載は無くてもその範囲内と認められる事項である場合とがある。A)の場合に補正が認められるのは当然といえるので、実務上補正の当否が問題となるのは、明示的な記載がないB)の場合である。

  そこで、補正が厳格化された平成5年法改正以降、特許・実用新案審査基準には、どのような場合に「当初明細書等に記載した事項の範囲内」と認められるのかについての基準が示されてきた。補正の審査基準は以下のように変遷している。
  まず、平成5年法改正の時点では、「当初明細書等に記載した事項の範囲内」とは「当初明細書等から直接的かつ一義的に導き出せる事項」であるとの基準が示されていた。すると、明細書全体の記載を総合して検討したり出願当時の技術常識に照らせば、その事項がそこに記載されているのと同然と思われるような補正事項であっても、二義的な解釈をとり得る余地があれば、補正は認められないことになる。そのため、明示的な記載を欠く上記B)の場合であっても補正が認められるのは、かなり限られたケースとならざるを得なかった。これに対し、平成15年の審査基準改訂では、「直接的かつ一義的」から「当初明細書等の記載から自明な事項」との基準に改められ、補正が認められる基準が若干緩和された。

  さらに、ソルダーレジスト事件大合議判決(知財高判平成20年5月30日判決、平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件)において、補正が許される範囲について一般的な定義が示され、その後、例えば本件においても判決文27頁4〜13行で引用されているように、知財高裁では一貫してその定義を引用した判決が続いていることに鑑み、平成22年の審査基準改訂では、現状の審査実務を変更せずに上記大合議判決との整合をとるという観点から、『「当初明細書等に記載した事項」とは、当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。したがって、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「当初明細書等に記載した事項」の範囲内においてするものということができる。』との一般的定義が設けられた。

  もっとも、この直近の審査基準改訂は、特許庁が平成22年6月1日にホームページ上で『「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の審査基準の改訂について』を公表したときに、この改訂により現行の審査基準に基づく審査実務は変更されないことを表明しており、特許庁としては、これによって補正が認められる範囲を緩和したり厳格にすることを意図していない。つまり、補正された事項が”明示的記載+自明”な事項である場合は、特段の事情がない限り、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとされ、また、従前の審査基準の「各論」において、「補正が認められる」とされていたもの、あるいは「補正が認められない」とされていたものの結論は変えないこととされた。

  特許庁の補正に関する審査基準の変遷及び最近の動向は以上のとおりであるが、知財高裁においては、今後も上記一般的定義に基づいて判断する判決が続くものと予測される。本件では、上記3(1)〜(5)で見たとおり、当初明細書の従来技術の説明、本願発明の課題とその解決手段についての記述、さらには周知技術を総合して判断することにより、通信機能を停止した場合にそのまま使える機能として、「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」も含まれるものと解され、そのように解しても当初明細書等から導かれる技術的事項に対して新たな技術事項を導入するものでないとの結論が導かれている。補正で追加された事項が周知技術というだけでは、当初明細書等の記載から自明な事項とはいえず、より説得力のある論証が必要となるが、本件はその具体的判断手法が理解しやすい事例といえる。

(H23.01作成: 弁理士 山本 進)



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