発行日 :平成26年 8月
発行NO:No33
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説:会社・店舗・商品のネーミングにかかわる法律問題について           
〜起業に際してのネーミングの法的リスクの実際〜

1 起業に際して必要なネーミング
  新しい事業を起こす際には、まず個人自営で行うか、株式会社などの法人を設立するかを決定する必要があります。その際、営業上の標識となる屋号ないし商号を決めなければなりません。また、販売する商品や提供するサービスについての名称を採択する必要もあります。そして、昨今では、ネット展開や広告のために使用するドメイン名を選択する必要も生じます。起業競争に勝ち残るためには、これらのネーミングについても、顧客を引きつける何らかの特色が出すことが求められています。
  これらのネーミングについては、同一のものを連携させて展開する場合もあれば、それぞれ別のものを採択する場合もありますが、会社や店舗の名称、商品やサービスの名称、ドメイン名は、それ自体がブランドとなることから、マーケティングの観点からは、どのようなネーミングを採択するかが極めて重要となります。他方で、これらのネーミングについては、様々な法律で保護されていることから、他人の権利や法律上保護される利益を侵害しないように配慮する必要があります。万一、他人の権利や法律上保護される利益を侵害してしまった場合には、スタートした事業を中止せざるを得なくなったり、多額の損害賠償を請求される場合もあるので、これらのネーミングに際しても、法的リスクの有無や程度を確認しておくことが不可欠です。

2 ネーミングと商標・商号・著作権・不正競争との関係
  それでは、会社・店舗・商品などのネーミングは、どのような法律で保護されているのしょうか?

@商標権
  商標法で保護されています。商品やサービスに付する表示は、特許庁にどのような商品やサービスに使用するか指定して登録を出願し、審査の結果、登録が認められた場合に、その指定商品や指定サービスの分野で独占的に使用できる商標権として保護されます。会社名や店舗名、これらと共に使用する社章、CIなども商標として登録出願することが可能です。起業に際して、自分が行おうとする事業分野について、商標権の有無を調査しておくことは、必ず必要になります。

A商号権
  屋号などの個人の商号は商法で、法人の商号は会社法で保護されています。個人の商号は登記しなくても構いませんが、法人の商号は設立に際して登記することが必要です。商号権はこれらの総称ですが、具体的には、自らの商号を他人から妨害されずに用いることができる商号使用権(商法第12条1項、会社法第8条1項)と自らの商号と誤認されるおそれのある商号を他人が不正に用いることを排除する商号専用権(商法第12条2項、会社法第8条2項)の2種類の権利があるとされています。

B著作権
  著作権法で保護されますが、標語、スローガン、キャッチフレーズは、一般に著作物でないとされていますので、言語によるネーミングが著作権法で保護されることはありません。しかし、単純な図柄ではなく、絵画的要素のあるシンボルマークやキャラクターは、絵画の著作物として保護される場合があります。

C不正競争防止法上の権利
  商標権や商号権の効力が及ばないネーミングであっても、その表示が著名であったり、ある程度の範囲において周知であった場合には、不正競争防止法で保護されています。すなわち、不正競争防止法は、人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものを「商品等表示」と定義した上で、
「他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」及び
「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」
をそれぞれ不正競争行為に該当するとして、その他人からの差止請求権(不正競争防止法第3条)や損害賠償請求権(不正競争防止法第4条)の行使を認めています。ネーミングの際に、他社の著名な表示や周知な表示を採択する場合には、これらの不正競争行為に該当する虞れがないか慎重に検討することが必要です。

  また、不正競争防止法では、人の業務に係る氏名、商号、商標、標章その他の商品又は役務を表示するものを「特定商品等表示」と定義し、「不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的で、他人の特定商品等表示と同一若しくは類似のドメイン名を使用する権利を取得し、若しくは保有し、又はそのドメイン名を使用する行為」を不正競争行為に該当するとしています。他人の業務に係る氏名、商号、商標、標章などをドメイン名として採択する場合には、不正競争行為と指摘されないよう注意することが必要です。

3 会社・店舗・商品のネーミングに関する裁判例  
  会社・店舗・商品のネーミングに関する裁判例は多数有りますが、ネーミングについての法的リスクを検討するという趣旨で、それぞれの場合で、権利者から裁判を起こされて敗訴した場合を以下に紹介します。

@会社商号の場合
     1392年創業の京都の老舗昆布屋「松前屋」が   
    昭和25年に法人化した大阪心斎橋の昆布屋「株式会社松前屋」   
を訴えた事件。
  裁判の結果、大阪地方裁判所は、大阪の「株式会社松前屋」に対し、
  (1)商号使用の中止
  (2)看板・表札・包裝紙などからの「松阪屋」の表示の抹消
  (3)商号登記の抹消
  (4)朝日新聞全国版に3回の謝罪広告掲載
  を命じました(昭和29年3月23日判決/下級裁判所民事裁判例集5巻3号396頁)。
  なお、現在は、大阪の「松前屋」も有名店として営業を継続されているので、判決後の 経過としては、何らかの示談解決がなされ、事なきを得たものと思われます。

A店舗名称の場合
  平成19年に開院した「九段下スター歯科医院」が、
  平成23年7月に赤坂スターゲートプラザに開院した「赤坂スターデンタルクリニック」    
を平成23年8月に出願し、平成24年2月に登録された商標「スターデンタル」を侵害したとして訴えた事件。
  裁判の結果、東京地方裁判所は、「赤坂スターデンタルクリニック」に対し、
  (1)看板、チラシ、インターネット上の広告宣伝物への標章の使用中止
  (2)看板・チラシ等の広告宣伝物の破棄
  (3)インターネット上の広告宣伝物からの標章の削除
  を命じました(平成25年11月21日判決/判例時報2217号107頁)。
  なお、この判決に対しては控訴がなされましたが、平成26年5月に控訴棄却となり、現在は上告受理申立て中であると思われます。

B商品商標の場合
  老舗洋菓子メーカーのゴンチャロフ製菓株式会社が  
  「堂島ロール」で有名な人気洋菓子店の株式会社モンシュシュ(当時)を  
  昭和56年8月に登録し、昭和61年1月から使用していた商標「MONCHOUCHOU/モンシュシュ」を侵害したとして訴えた事件。
  株式会社モンシュシュは、平成15年11月から平成24年10月まで屋号として標章「モンシュシュ」を使用していました。
  裁判の結果、大阪地方裁判所は、株式会社モンシュシュに対し、
  (1)3562万2146円と5%の遅延損害金の支払
  (2)看板等・広告・取引書類・HPでの標章の使用中止
  (3)看板等・広告・取引書類・HPからの標章の削除
  (4)標章を付した包裝・広告物・会社案内の廃棄
  を命じました(平成23年6月30日判決/判例時報2139号92頁 )。
  そして、控訴審である知的財産高等裁判所は、損害賠償金の額を
  (1)5140万8555円と5%の遅延損害金
  に増額した以外は、大阪地方裁判所の判決を維持しました(平成25年3月7日判決)。
  なお、本事件では、ドメイン名への使用が商標としての使用になるかも争点とされましたが、広告的機能を発揮している上,出所識別標識としても使用されているとして,商標的使用であるとされています。

  これらの裁判例での結果から明らかであるように、会社・店舗・商品のネーミングに際して他社からの権利行使を受けた場合には、看板・広告物・HP・ドメイン名の変更を余儀なくされたり、包裝資材・広告物・会社案内の廃棄を求められる上に、多額の損害賠償を支払ったり、時には謝罪広告を求められる場合もあって、その影響は大きいものがあります。起業に際してのネーミングにおいては、そのようなことにならないように、十分注意して決定することが肝要です。

4 ネーミングについては何を調べたり、誰に相談したらいいのか
  最後に、ネーミングについて調べるにはどのようにしたらいいのでしょうか。
  特許庁に出願し、審査の結果、登録される商標権については、特許庁のデータベースが公開されていますので、まず展開しようとする指定商品分類や指定サービスの分類で同一の登録があるか否かを調べるのが第一歩です。調査の目的は、自らが商標権を取得できるかを確かめることも必要ですが、何より他社の商標権を侵害してしまって、後でせっかくスタートした事業が台無しにならないように調べることが重要です。
  具体的には、特許電子図書館の称呼検索 での検索を行います。同一称呼の商標が出てきたり、似通った商標が出てきた場合には商標の調査や出願の実務を行っている弁理士に相談すべきです。同一称呼の商標が登録されていても、過去3年間にわたって不使用であれば、不使用取消審判を行って、自らの商標を登録にもっていく方法もありますし、同じ1音違いでも、登録になる場合と、拒絶される場合がありますので、微妙なケースはとにかく相談してみるのが得策です。

  次に、社名や店舗名については、著名であったり、ある程度の範囲で周知であったりした場合には、不正競争となる場合があるので、インターネットで検索して確認しておくことが必要です。ドメイン名については、念のため、日本レジストリサービスのJPRS WHOIS やネットワークソリューションズのWHOISで 検索しておくと良いでしょう。
  また、全国の会社情報については、例えば、帝国データバンクの企業サーチ で、同一名称の会社を検索できるので、念のため検索しておかれると良いでしょう。設立される会社の本店所在地で、同一や近似した会社名があるか、個人の商号登記があるかどうかは、設立登記を依頼される司法書士に相談してみてください。
  さらに、不正競争が問題になるようなケースでは、裁判になるかどうかの判断が必要ですので、知的財産分野の訴訟経験のある弁護士に相談するべきです。まず大丈夫だろうと自分で判断して事業を開始してしまっては、取り返しのつかないこともあります。微妙なケースの場合には、現にそのネーミングを使っている方に連絡をして、同じネーミングを使うという挨拶をしておくことが得策である場合もあります。

  起業に際して、どのようなネーミングで展開するかは、消費者に対する訴求力に影響するという意味で大事な要素となりますが、将来にわたって継続的にビジネスを拡げていくためには、法的リスクの少ないネーミングを採択することが大事です。自ら調査確認すること、専門家に相談することを切り分けて、取り組んで行くことが必要です。

(H26.08作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)


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