発行日 :平成27年 1月
発行NO:No34
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜引用発明の認定において、引例に「記載されているに等しい」と認められるための要件が示された事例〜
1.事案の概要
  本件(知財高判平成26年10月23日、平成25年(行ケ)第10303号審決取消請求事件)は、発明の名称を「白色ポリエステルフィルム」とする特許第3593817号につき、被告が無効審判請求(無効2012−800177号)をしたところ、特許庁は、原告の訂正請求を認めた上で、訂正後の請求項1ないし6に係る発明(以下、請求項の順に「本件発明1」「本件発明2」等のようにいい、総称する場合は「本件各発明」という。)について、いずれも新規性を欠く発明と判断して無効の審決をしたので、これを不服とする原告が、審決のうち本件各発明に係る特許を無効とした部分の取り消しを求めた事案である。

2.本件発明1の内容
  訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。本件発明1は、構成要件の一部に、ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であることや、昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)の差が一定の範囲であることを特定する数式が記載されたパラメータ発明である。
  【請求項1】  無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
  30≦Tcc−Tg≦60

3.引例の実施例の記載
  本判決の要旨を理解するためには、被告が提出した引例(特開平7−331038号公報、以下、本判決中の表示にならい「甲1公報」という。)の段落【0044】〜【0046】に記載された実施例12の内容を、先に説明しておく方が良いと考えられる。  すなわち、甲1公報の実施例12には、白色性、隠蔽性、光沢性ともに優れるポリエステル組成物からなる白色フィルムが得られることの記載があるが、この白色フィルム作成に供されるポリエステル組成物を製造する工程については、おおまかに言って、段落【0045】に説明されている第1工程と、段落【0046】に説明されている第2工程の記載があった。  具体的には、第2工程は、第1工程で得られた「改質剤を30重量%含有するポリエチレンテレフタレート」に対し、改質剤の濃度が15重量%になるように改質剤を含有しない「固有粘度0.65dl/gのポリエチレンテレフタレート」を同量添加する工程である。

4.審決の理由
  審決は、本件各発明は、いずれも甲1公報に記載された発明と同一であり特許法29条1項3号に掲げる発明に該当すると判断した。審決が認定した引用発明、本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

(1)引用発明
 「リン酸、亜リン酸、ホスフィン酸、ホスホン酸およびそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物よりなる群の中から選ばれた少なくとも一種のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウム粉体からなるポリエステル系樹脂用改質剤の含有量が5重量%を越え、80重量%以下であるポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムであって、実施例12の段落【0045】で得られたポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムの態様を包含する、白色ポリエステルフィルム」

(2)一致点
 「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルム。」である点

(3)相違点
 ア 相違点1
 ポリエステル組成物について、本件発明1においては、カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であるのに対し、引用発明においては、カルボキシル末端基濃度について格別特定していない点
 イ 相違点2
 ポリエステル組成物について、本件発明1においては、昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が30≦Tcc−Tg≦60であるのに対し、引用発明においては、昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差について格別特定していない点
 ウ 相違点3
 白色ポリエステルフィルムについて、本件発明1においては、二軸延伸フィルムであるのに対し、引用発明においては、フィルムの成形手段について格別特定していない点

  上記のとおり本件発明1と引用発明には相違点が認められるが、本件無効審判事件においては、被告から実施例12の追試を行った「実験成績証明書」(甲第10号証)が提出された。そして、審決は、相違点1及び2(パラメータの有無)については、被告が提出した実験成績証明書における追試の結果が同パラメータと重複する部分を包含していると認定し、また、相違点3(二軸延伸の有無)については、引用発明は白色二軸延伸ポリエステルフィルムを包含していると認定し、これらの相違点は、実質上の相違点ではないと判断したのである。
 なお、本判決の結論に大きく影響を及ぼした点であるが、被告提出の実験成績証明書においては、甲1公報の段落【0046】に記載の第2工程が実施されておらず、段落【0045】に記載の第1工程で得られる中間体のポリエステル化合物を用いて実施例12の追試がなされていた。

5.争点
  多岐に亘るが、本稿では、引用発明の認定の誤りの点のみを取り上げる。
  すなわち、本判決が判断した主要な争点は、審決が、引用発明の認定において、甲1公報には、「実施例12の段落【0045】で得られたポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムが記載されているに等しいということができる」と判断した点の是非である。

6.裁判所の判断
  知財高裁は、次のとおり判断し、特許庁の審決を取り消した。なお、以下に引用する判決文中では、第1工程で得られる中間体については「ポリエステル組成物A」との表現が、第2工程を経て得られる組成物については「ポリエステル組成物B」との表現が用いられている。

  〔本判決の判示〕
  特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明は,その発明について特許を受けることができない(特許法29条1項3号)。

  ここにいう「刊行物に記載された発明」の認定においては,刊行物において発明の構成について具体的な記載が省略されていたとしても,それが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,刊行物に記載された発明がその構成を備えていることを当然の前提としていると当該刊行物自体から理解することができる場合には,その記載がされているに等しいということができる。しかし,そうでない場合には,その記載がされているに等しいと認めることはできないというべきである。
  そうすると,本件において,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しいというためには,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,同公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができることが必要というべきである。
  しかるに,本件においては,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であることを認めるに足りる証拠はない。したがって,これを自明な技術事項であるということはできない。また,甲1公報の記載を検討しても,実施例12のポリエステル組成物Aは白色二軸延伸フィルムを製造するポリエステル組成物Bを得るための中間段階の組成物にすぎず,同実施例がポリエステル組成物Aについてフィルムを成形するものでないことはいうまでもないし,さらに,同公報のその他の記載をみても,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形することを示す記載や,そのことを当然の前提とするような記載はない。

  以上のとおり,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であるとはいえず,また,甲1公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができるともいえない。そうすると,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」は,甲1公報に記載されているに等しい事項であると認めることはできないものというべきである。

7.考察
  本判決について若干の考察をする。

  (1)実験成績証明書について
  パラメータ発明に対して無効審判請求をする場合、本件のように審判請求人側から実験成績証明書が提出されることがある。実験成績証明書を提出する趣旨は、引例には対象特許の請求項で定義されているようなパラメータの記載は無いけれども、引例に記載されている実施例の条件を追試によって再現してみると、請求項に記載された物の特性については、実際のところ、そのパラメータで定義された条件に合致する物が製造されていることが確認された、という事実を立証する点にある。そして、本判決からは上記のような追試を行う場合、引例に記載されている実施例の条件をそのまま忠実に再現する必要があるという実務上の注意点を学ぶことができる。本件の場合、被告が提出した実験成績証明書では、改質剤を含有しない「固有粘度0.65dl/gのポリエチレンテレフタレート」を同量添加するという第2工程がなかったために、甲1公報の実施例12の追試になっていないのではないか、という点が当事者間で争点化してしまったと言える。

  (2)2要件の意義について
  最後に、被告の追試において第2工程を欠いていたことは、本件発明1の発明特定事項に対しどの程度の影響があったのかについて、両当事者はどのように主張し、審決はどう判断したのかを確認しておきたい。
  先ず、原告は、審判事件において、改質剤を含有しない「固有粘度0.65dl/gのポリエチレンテレフタレート」を同量添加する第2工程を省略し、第1工程の中間体を用いて試験すれば、本件発明1においてパラメータとして特定している「カルボキシル基末端濃度」や「昇温結晶化温度(Tcc)」及び「ガラス転移温度(Tg)」が影響を受けることは明らかと主張している。
  一方、被告は、審判事件において、甲1公報の段落【0034】に「本発明のポリエステル組成物と各種のポリエステルと混合して無機粒子の含有量を目的に応じて適宜変更することができる」との記載があることを根拠に、追試において第2工程を行わなかったのは、甲1公報には第2工程と同じ操作を含む内容は任意になしうることが記載されているためと主張している。被告は、第2工程を行わなかった理由は説明しているが、第2工程を欠いても影響を受けないとは主張していなかったのである。

  また、審決も、甲1公報の段落【0026】の「…この際本発明のポリエステル組成物と各種のポリエステルと混合して炭酸カルシウムからなる改質剤の含有量を目的に応じて適宜変更することができる」との記載があることなどを根拠に、「ポリエステルの添加による改質剤の含有量の調整工程は、甲第1号証におけるフィルム成形に供されるポリエステル組成物の必須の工程ではなく、ポリエステル組成物中の改質剤の含有量をフィルム成形に好適な範囲内とするべく任意に調整することができるものであるといえる」と判断している。つまり、審決は、第2工程を欠いていたことの影響はさておき、本件明細書の記載に照らすならば、『ポリエステル組成物Aは,その改質剤の含有量から見て好ましい物性を有するフィルムを得ることが可能であると認められる,ということを理由として,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が同公報に記載されているに等しい』と判断したものといえる(二重括弧内は本判決の判示)。

  これに対し、本判決は、「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に「記載されているに等しい」といえるためには、@ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが、当業者にとって自明な技術事項であることと、A同公報に記載された発明がポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができること、以上の2要件を充たす必要があると判示した。
  つまり、本判決が示した2要件は、本件で問題となった「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に「記載されているに等しい」といえるかと、甲1公報の記載からポリエステル組成物Aについてフィルムを成形することが「可能であると認められるか」は、別の問題であることを明らかにした点に意義があると考えられる。

(H26.12作成: 弁理士 山本 進)


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