発行日 :平成28年 1月
発行NO:No36
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説:知的財産の価値評価について                         
〜日本弁理士会知財価値評価センターのご紹介〜

1 知的財産の価値評価とは何か
  企業が事業活動を行うに際しては、様々な「知的財産」を創造し、それらを活用しています。「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいうと定義されています(知的財産基本法2条1項)。そして、近年の社会経済情勢の変化に伴い、産業の国際競争力の強化を図るために、新たな知的財産の創造及びその効果的な活用による付加価値の創出の必要性が叫ばれ、各企業においても、“知財戦略”を策定し、”知財経営”を実施していくことが重要だと言われています。そのため、各企業は、「知的財産」の価値を理解した上で、「知的財産」を活用していくことが必要になっています。

  「知的財産」の価値評価は、狭義では、金銭的評価を意味しますが、広義では、法的評価や技術的評価を含めて把握されています。「知的財産」の価値評価の種類として、@定性評価、A定量評価という呼び方があります。定性評価というのは、権利の広狭、有効性、権利行使の容易性、製品が特許の技術的範囲に含まれるか否かといった法的側面や技術的側面での評価のことです。これに対して、定量評価には、評価項目ごとにスコアリングするという非金銭的評価と権利に金銭的な価値を付する金銭的評価があります。定性評価や非金銭的定量評価は、項目ごとに法的評価や技術的評価を実施していくものです。そして、これらの法的評価や技術的評価を前提として、説得力のある金銭的評価がなされることになります。また、費用対効果を考慮して、法的評価や技術的評価のみが要求され、金銭的評価までは求められない場合もあります。したがって、「知的財産」の価値評価は、法的評価、技術的評価、そして金銭的評価という3つの側面で検討することが必要です。

2 日本弁理士会知財価値評価センターについて
  「知的財産」の価値評価に関する業務を取り扱う機関として、「日本弁理士会知財価値評価センター」があります。日本弁理士会の附属機関で、弁理士が関与する知的財産権の価値評価について、客観性及び妥当性の向上を図り、知的財産権の価値評価業務を行う弁理士を支援することで、価値評価業務の改善進歩を促す目的で設立されています。知財価値評価センターには、評価人候補者として約500名の弁理士が登録され、価値評価業務を行う弁理士を推薦しています。知財価値評価センターは、裁判所からの民事執行案件を中心に現在まで120件程度の評価推薦依頼を受けたり、特許庁の知財ビジネス評価書作成支援事業において、評価人候補者の中から適任の評価人を選考、推薦しています。民事執行案件での評価業務について1件あたりの費用は、具体的な内容によりますが、評価人1人あたり50〜200万円程度となっています。
  価値評価業務を取り扱う弁理士は、知財価値評価センターに評価人として登録したり、その運営委員に就任したりして、価値評価業務についての研鑽に努めており、知財価値評価センターに推薦依頼をせずに、弁理士に直接、鑑定書や意見書の作成を依頼することも可能です(弊所においても対応しています)。

  以下では、知財価値評価センター発行のパンフレットに基づいて、特許権の価値評価について、価値評価が求められる場面、法的評価、技術的評価、金銭的評価のそれぞれについいて考慮すべき事項を述べることとします。

3 知的財産の価値評価が求められる場面  
  知的財産の価値評価は、どのような目的で求められるのでしょうか。価値評価の目的にはいろいろなものがありますが、まず、開発計画や実施予定技術などについて主に技術的評価が求められる次のような場面があります。
      @出願前の発明の特許性
      A出願中の発明の特許性
      B発売予定の製品の技術評価
      C自社所有の特許群の棚卸
  次に、実施品や他社製品の侵害について主に法的評価が求められる次のような場面があります。
      D他社製品や他社発明が自社の特許を侵害している可能性
      E自社製品が他社の特許を侵害している可能性
   そして、目的別に次のような金銭的評価の場面があります。
      F特許権の譲渡や担保に際しての金銭的評価
      G職務発明の金銭的評価
      H遺産相続における金銭的評価
      I裁判所の民事執行案件の金銭的評価
      JM&Aにおける金銭的評価
      K現物出資における金銭的評価

4 法的評価において考慮すべき事項
  知的財産の価値評価における法的評価において考慮すべき事項は、次のとおりです。
a 権利の法的安定性
  進歩性又は新規性を欠いたり、記載不備や手続違反の無効原因がないかを評価します。無効審判や審決取消訴訟を経ている権利かどうかを確認します。権利の法的安定性が高ければ、安心して権利行使ができます。

b 権利行使・侵害発見の容易性
  特許請求の範囲の記載の仕方等により、権利行使や侵害発見が容易かどうかを評価します。権利行使や侵害発見が容易であれば、権利を主張しやすくなります。

c 権利範囲の広狭
  特許請求の範囲の記載の仕方等により、権利範囲が広いか狭いかを評価します。権利範囲が広いほど、競争相手は特許を回避し難くなり、強い権利と評価できます。

d 権利制約要因の有無
  権利が共有であるか否か、実施権の設定やクロスライセンスが存在するか、他社の特許を利用したり、抵触していないか、先使用権が主張される可能性があるか、法令上の制限があるかを評価します。このような権利を制約する要因があると、権利行使に注意が必要となります。

e 権利の残存期間
  権利の残存期間が技術のライフサイクルをカバーしうるかどうかを評価します。残存期間がライフサイクルより短い場合には、改良発明の特許取得が必要になって、権利の評価が低くなります。

f 実施品に対する権利保護の有無
  実施品が権利範囲でカバーされ、権利により保護されているかどうかを評価します。実施品が権利範囲でカバーされていないと、せっかく権利があっても実施品を有効に保護できないので、権利の評価が低くなります。

g 発明の技術的強み
  特許発明について、基本特許であるか周辺特許であるか、設計変更での回避は容易かを評価します。基本特許など、設計変更での回避が難しい特許なら、有効な権利行使ができることとなります。

h 外国出願状況
  外国特許出願をして外国で特許を取得しているかどうかについて評価します。外国への特許出願には費用が掛かりますが、製品を製造する国、輸出する国、販売する国で特許権を取得できれば権利の価値は高くなります。

5 技術的評価において考慮すべき事項
  知的財産の価値評価における技術的評価において考慮すべき事項は、次のとおりです。
a 技術の性格
  技術的評価では、まず、技術の性格について評価します。価値評価の場面によりますが、評価の対象技術が、自社で実施されている技術であるのか、ライセンス供与すべき技術であるのかを評価します。
b 事業の容易性
  次に、事業化の容易性について、次のような観点で評価します。他社が簡単には回避できない技術ほど権利の価値が高いということになります。
      ・事業化に際しての障害はないか。
      ・市場規模はどの程度あるか。
      ・商品化にどの程度の時間と資金が必要か。
      ・自社技術のみで事業化できるか。
      ・他社との垂直的共同または水平的共同が必要か。
      ・コスト面の優位性が見込めるか。
      ・経営者に支持されうるか。
      ・周辺技術は確立されているか。
c 他社に対する技術優位性
  また、他社に対する技術優位性について、次の観点から評価します。
      ・代替技術はあるか。
      ・技術標準に係る必須特許か。
      ・発明は工業的に実証されているか。
d 技術の陳腐化の程度
  そして、特許発明に係る技術が陳腐化していないかについても評価します。技術分野によってはライフサイクルが大きく異なるので、陳腐化に伴う特許の価値の変化を見極める必要があります。

6 金銭的評価において考慮すべき事項
(1)評価手法の採択
  金銭的評価においては、これまで述べた法的評価と技術的評価の分析結果を用いて、評価を行います。評価手法には、インカムアプローチ、マーケットアプローチ、コストアプローチの3つの評価手法があります。これらの考え方にはそれぞれ一長一短がありますので、評価対象や評価の場面に応じて、どの評価手法を選択すべきかを判断します。

(2)インカムアプローチ
  知的財産の生み出すインカムを推計し、積み上げて評価する手法です。  インカムアプローチの最も代表的な手法としてDCF法があり、金融資産、不動産、事業等の価値評価に広く用いられています。DCF法は、ある資産を経済的に支配することにより、将来にわたりキャッシュを得ることができる場合に、将来各期における予測キャッシュフローを現在価値に引きなおし、合計した価額をもって資産価値にする考え方です。同額のキャッシュでも、一年後に手に入る場合と十年後に手に入る場合とでは価値が異なるので、この違いを調整するために全てのキャッシュフローを現在価値に割り戻して計算するというものです。  インカムアプローチの別の手法として、免除ロイヤリティ法があります。これは、ライセンス料率を将来売上予測に乗じて、直接対象知的財産の寄与額を算出し、その割引現在価値を知的財産権の価値とする手法です。

(3)マーケットアプローチ
  分析評価対象と類似した知的財産の取引価格を調査して、評価・分析する手法です。  類似した知的財産が独立した第三者間で取引された事例を参考にして評価額を決定したり、企業全体の価値を株式時価総額から算定した後に、当該企業が保有している各資産にその価値を配分して評価額を決定する手法です。この評価手法は、市場における取引事例に基づいている点で客観性が高いといえますが、類似の知的財産の取引事例の発見、評価しようとする知的財産に適用する上での調整、企業全体の評価額を個別の知的財産に配分することが妥当かの点で困難性があると言われています。

(4)コストアプローチ
  これに対して、買物代行業者は、各表示の使用の事実が認められるのは平成22年7月29日以降であり、それ以前に買物代行業者が表示を使用していたことの証拠はない。買物代行業者の営業所得には当時運営していた他の4つのウェブサイトの売上げが含まれているから、これらを控除すると、買物代行業者サイト事業による利益は少ない。また、粗利については、商品の仕入れが約60%、送料が約10%、クレジット決済手数料が4.5%であるから、約25.5%であるなどと反論しました。

(5)金銭的評価のためのファクターの算出
  金銭的評価をするために、選択した評価手法で用いるファクターを算出します。例えば、インカムアプローチの代表的手法であるDCF法では、特許の生む将来キャッシュフローを推計し、この割引現在価値を特許の評価額とするために、算定期間、対象特許権の寄与率、将来各期の事業利益・キャッシュフロー、事業リスクによる割引率を算出する必要があります。また、免除ロイヤリティ法では、妥当な実施料率を算出する必要があります。特に対象特許の寄与率や実施料率を算出するにあたっては、法的評価と技術的評価の分析結果を用いることで精度の高い算出を行えることとなり、弁理士の知恵と経験が活かされることになります。
  法的評価と技術的評価の分析結果があれば金銭的評価を行うのに十分算出する必要があるファクターは、評価手法によってまちまちですが、ファクターを算出するための情報を得るために、市場調査等を行う必要があることが多々あります。

7 まとめ
  これまで、特許の価値評価について、法的評価、技術的評価、金銭的評価に区分して説明してきましたが、この分類は便宜的なもので、絶対的なものではありません。
  一般的に特許の価値評価というと、具体的な金額で価値を算出する金銭的評価だけに注目が集まりがちなのですが、特許の価値を適切に評価するためには、法的評価や技術的評価の分析によって特許の性質を的確に把握することが大切です。例えば、法的評価によって対象となる特許が無効となる可能性が高いと考えられる場合には、金銭的評価を中止することもあり得るのですが、このような判断は、特許の専門家が法的評価を行わなければすることができません。また、特許の技術的評価は、各分野の特許出願を担当し、特許調査に慣れた弁理士が行うことに優位性があります。

  特許の法的評価と技術評価を十分考慮することによって、精度の高い金銭的評価ができることになるので、この点において特許の専門家である弁理士が特許の価値評価をする意義があります。裁判所の執行案件において、弁理士が評価人に選ばれている理由もそこにありますので、どのような場面においても知的財産の価値評価は、まず弁理士に依頼されるのが適切です。

(H28.01作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)


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→【3】論説:〜相隣関係でのトラブルについて
→【4】記事のコーナー:〜自社実施の技術に対する特許侵害の積極的防衛策について
→【5】記事のコーナー:〜事務所の近況
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