発行日 :平成17年 1月
発行NO:No14
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説〜職務発明を巡る最近の動き〜
1.高額な発明報奨金の支払を命ずる判決

2004年に特許に関する分野で最も新聞紙上をにぎわした話題としては、中村修二カリフォルニア大学教授の青色発光ダイオードの職務発明について、日亜化学工業株式会社に対して200億円という巨額の支払を命じた東京地裁判決が挙げられます。この判決は、企業の研究開発活動、技術者の処遇の見直し、職務発明に関する法制度の是非など様々な反響を呼びましたが、上記判決以外にも、職務発明を巡っては、下記のとおり、高額な報奨金の支払を命ずる判決が連続しています。             
<職務発明を巡る最近の裁判例>
                         
判 決 被 告 対象の発明 判決認容金額
東京高裁
H16. 1.29 判決
鞄立製作所 光学的情報処理装置 1億2810万円
東京地裁
H16. 1.30 判決
日亜化学工業 青色発光ダイオード 200億円
東京地裁
H16. 2.24 判決
味の素 人口甘味料の晶析方法 1億8935万円
東京高裁
H16. 4.27 判決
日立金属 窒素磁石 1128万円

これらの判決は、これまで職務発明に対する評価が必ずしも十分ではなかった実態の是正という意味では、社会的に意義のあるものであったと思われますが、本来、職務発明の対価は、後日の訴訟に委ねなくても関係者が自主的に合理的な金額を決定できるとする方が望ましいため、平成16年改正特許法に新しい「職務発明制度」の規定が追加され、平成17年4月1日から施行されることになりました。 職務発明については、高額な判決により一般の従業員にも制度内容が広く理解されるようになり、また、新しい「職務発明制度」の規定が実施されることとなったため、職務発明に対する報奨金を大企業ほど手厚くすることが困難な中小企業においても、今後、法令によって求められている職務発明制度の内容を十分に理解し、研究開発活動の現場において制度内容を生かした対応をすることにより、研究開発に伴う不測のリスクを回避することが必要となります。  このような観点から、新しい「職務発明制度」の概略について改めて説明し、その実施に際して、どのような注意が必要であるのか、以下に述べてみます。 

2.職務発明とは何か

特許法は、「従業者等がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」を職務発明と定義しています(特許法35条1項)。従業者等が企業等に在職中に発明をした場合でも、その企業等の業務範囲にないか、業務範囲であってもその従業者等がその発明の内容と関係のない部署にいる場合には、その発明は、職務発明ではなく、そもそも職務発明制度の対象にはなりません。  職務発明ではない発明については、就業規則その他の規則で特許を受ける権利を自動的に企業等のものにするような定めをすることは、無効とされていますので(特許法35条2項)、企業等が必要な発明につき譲渡等を受ける機会を逃さないよう、発明の届出義務や優先協議義務を課して、従業者等との話し合いで対応する方法を採るしかありません。

3.職務発明は誰のものか

特許法上、発明をした者が特許出願をできるとなっていますので、その原則に従えば、職務発明についても、実際に発明をした従業員等が特許を受ける権利を取得することになります。したがって、たとえ職務命令に基づき企業等の設備を使って従業員等が職務発明をしたとしても、何も手当てをしていなければ、特許を受ける権利を企業等が取得することは出来ませんので、注意が必要です。  しかし、職務発明の場合、企業等は、従業者等の雇用、研究開発資金の負担、資材・設備の提供を通じて、発明の完成に相当程度貢献しており、職務発明を実施するのもその企業等であるので、一定の場合には、発明をした従業員等の個人名義でなく、所属企業等の名義で出願できるようにしたり、その企業等が発明を自由に実施できるとした方が、発明を奨励するという特許法の目的に沿うことになります。そこで、特許法は、職務発明については、企業等が法律の規定によって無償で実施することができると定めています(特許法35条2項)。そして、職務発明制度、すなわち、契約、勤務規則その他によってあらかじめ特許を受ける権利を承継するという制度をもうけた場合は、企業等の名義で特許の出願をすることができるとし、その場合には、権利を承継させる従業者等は、相当の対価の支払を受ける権利を有するとされています(特許法35条3項)。  したがって、職務発明を企業等の名義で特許出願し、研究開発の成果を自らの知的財産として活用するためには、契約、勤務規則その他によってあらかじめ特許を受ける権利を承継するという制度をもうけておき、職務発明をした従業者等に対して、法律の規定に従って「相当の対価」を支払うことが必要ですので、まだこのような制度のない企業等は、新しい職務発明制度が実施される機会に整備しておくことが必要不可欠と言えます。

4.職務発明の対価の決め方

従来の特許法では、従業者等に支払う職務発明の対価の額について、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」と規定されていただけですが、平成16年改正特許法35条4項では、”関係者における自主的な取決めを出来る限り尊重して手続的な要素も重視する”という観点から、契約、勤務規則その他の定めにおいて対価について定める場合には、 (1)対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況(2)策定された当該基準の開示の状況 (3)対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況 等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであってはならないと規定されました。  したがって、新しい職務発明制度においては、契約、勤務規則等によって職務発明の対価を決める場合には、上記(1)〜(3)の状況がトレースできるような手続きで職務発明の対価を決定し、その額の決め方が不合理と認められるものでないことが必要となります。具体的には、特許庁が平成16年9月に「新職務発明制度における手続事例集」を発表して、その手続きの具体例を詳細に論じていますので、特許庁ホームページを参照してください。

5.職務発明の対価の相当額はどうなるか

これまでの制度においては、勤務規則等において職務発明に係る対価が定められていた場合であっても、裁判所が改正前の特許法35条4項に基づいて算定する対価の額が「相当の対価」であるとされていましたが、平成16年改正の特許法35条4項では、勤務規則等において職務発明に係る対価について定める場合に、法定の手続要素等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められない限り、その対価がそのまま「相当の対価」として認められることとなります。  これに対し、契約、勤務規則その他の定めにおいて職務発明に係る対価について定めていない場合、又は特許法35条4項により、契約、勤務規則その他の定めにおいて定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められる場合には、 (1)その発明により使用者等が受けるべき利益の  額 (2)その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献 (3)従業者等の処遇その他の事情 を考慮して定めなければならないとされていますので(特許法35条5項)、職務発明の対価の相当額は、従前どおり、これらの要素を考慮して、裁判所が認定することになります。  すなわち、平成16年改正後においては、特許法35条4項に規定する要件を満たす場合には、特許法35条5項は適用されないことになるので、企業等が法律の趣旨に沿った職務発明制度をもうけ、その手続きに従って対価が決定されれば、裁判所は、原則としてその額を「相当の対価」と判断することになると思われます。  したがって、新しい職務発明制度の下では、これまでのように職務発明規定による報奨金を受領済みであるのに、訴訟で職務発明の対価を争うことがブームになるような状況は改善されるとは思いますが、特許法35条4項の適用の限界を画する「不合理か否か」について必ずしも明確な基準はないので、これまでのように具体的な事案を考慮せずに低額の報奨金を支給するにとどまっていた場合には、やはり訴訟によって判断を求められる可能性も十分にあると思われます。企業等においては、手続面の適正化のみならず、実情に則して、従業員等の研究意欲を削がない額の報奨金が出るような制度設計をすることが望まれます。


(H17.1作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)


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