発行日 :平成18年 7月
発行NO:No17
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜意匠権の存続期間の延長と小売業等の商標のサービスマークとしての
保護について〜
1.意匠権の存続期間の延長について

  平成18年6月1日に衆議院で可決・成立し、6月7日に法律第55号として公布された「意匠法等の一部を改正する法律」において、 現行法では、設定登録の日から15年をもって終了すると定められている意匠権の存続期間が、設定登録の日から20年に延長されることになりました。今回の法改正には、どのような背景があったのでしょうか。
  意匠権の存続期間は、旧法においては設定登録の日から10年と定められていましたが、昭和34年に現行意匠法が制定されたときに 諸外国の立法状況等を勘案して設定登録の日から15年に延長され、その後は改正されることはありませんでした。 しかし、優れたデザインによって長期間販売されている製品や、リバイバルによって復刻される製品があるように、物品に施された魅力あるデザインは、長期間にわたって付加価値を生み出す場合があります。 また、設定登録後15年目における存続率を比較すると、特許の場合は全体の4%程度となっているのに対し、意匠の場合は16%程度と高い数字を示していること(下記グラフ1参照)、及び意匠においては登録後3年のタイミングで放棄するケースと共に、 登録から存続期間の満了まで15年間維持されるケースも多いこと(下記グラフ2参照)は、意匠は流行に左右され易いという一面がある一方で、物品に施された魅力あるデザインが長年に亘って利用されているという実態も認められることを示しています (1)

(グラフ1)


(グラフ2)
  そこで、今般の法改正において、意匠権の存続期間を延長することが検討されました。ヨーロッパ諸国では、更新により出願日から最長で25年の保護を与える国もありますが(2)、意匠権を長く維持する傾向にある分野としては、例えば電気通信機械器具等の技術的な分野も比較的多く、特許権の存続期間とあまりに乖離することは技術の向上を阻害する面も考えられることなどに鑑み、存続期間は15年から20年の5年の延長とすることになりました。          
  なお、改正法施行前に出願された登録意匠について存続期間の延長を認めることとすると、存続期間満了による権利消滅にあわせて実施の準備をしていた第三者が不測の損害を被ることになるため、今回の改正では、既登録意匠に係る権利の存続期間は延長しないこととされました。従って、施行日以後になされた出願から改正法が適用されることになります。

2.小売業等の商標のサービスマークとしての保護について

  現行商標法において、「役務」とは、「他人のためにする労務又は便益であって独立して商取引の目的たりうべきもの」と解されています(3)。そのため、百貨店などの小売業において提供されるサービスは、売場の設計や商品の選択若しくは展示方法などが顧客に対する便益の提供という一面を有しており、また、店員による接客サービスも、それ自体としては顧客に対する労務又は便益の提供に当たる可能性がありますが、これらは市場において独立して取引の対象となり得るものでないため、商標法にいう「役務」には該当しないと判断され(4)、小売業者が自他識別のために広告や包装用紙などに使用している商標をサービスマークとして登録することは認められていないのが現状です(シャディ事件(5)やエスプリ事件(6)の東京高裁判決も同旨)。

  従って、現行の商標法の下では、小売業者が自己の商標を商標登録して十分な保護を得るためには、取り扱う商品の全てについて商品商標として登録する必要があります。すなわち、商標法2条1項では、「商標」の定義を、「業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの」(第1号)、「業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)」(第2号)としているところ、第1号の「譲渡」は、文理上、生産者から消費者への直接的な移転のみならず、生産者から卸業者への移転や、卸業者から小売業者への移転及び小売業者から最終消費者への移転のすべてが包含されるものと解されることから、小売業の商標は、第1号の業として商品を「譲渡」する者がその商品について使用するものとして捉えられてきました。

  しかし、商標の出願と登録及び更新に要するコストは、商品区分の数に応じて増加するため、特に、多区分に亘る多様な商品を取り扱う小売業者においては、商標権の取得と維持に多大なコストがかかるという問題があります。また、ある商品の生産や販売を行う事業者がすでに商品商標を登録している場合、多様な商品を取り扱う小売業者は当該商標と同一又は類似の商標を商品商標として登録することができず、商標選択の自由を制限しているという問題もあります。さらに、流通産業の発達により、個性的な商品の品揃えや独自の販売形態にブランドとしての付加価値や顧客吸引力が備わってきていると考えられる例えば通信販売やコンビニエンスストアなどの小売業の商標を正面から捉えて保護していないという問題もあると言えます(7)。また、2007年1月1日に発効するニース協定の国際分類第9版では、第35類の注釈として「この類には、特に、次のサービスを含む。」との項に「他人の便宜のために各種商品を揃え(運搬を除く)顧客がこれらの商品を見、かつ、購入するために便宜を図ること。当該サービスは、小売店、卸売店、カタログの郵便による注文、又はウェブサイト若しくはテレビのショッピング番組などの電子メディアによって提供される場合がある。」(下線が第8版から追加された部分)が加えられることが決定されており、国際的な制度調和の観点からも、小売業による購入の便宜の提供を独立した「役務」と認め、サービスマークとして保護する法制が必要となってきました。

  こうしたことから、今般、「意匠法等の一部を改正する法律」において、商標法第2条第2項に「前項第二号の役務には、小売及び卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供が含まれるものとする。」との新たな規定が設けられ、小売業等の商標をサービスマークとして保護するように改正されました。

  今般の法改正を受け、今後、省令の改正と商標審査基準の改正が行われるものと考えられます。まず、役務の区分は、ニース協定に規定があるため、第35類に分類されると考えられます。具体的な役務の記載方法は未定ですが、今回の法改正後も、単なる商品の販売は、商品商標の分野に属するものと考えるべきであることから、米国及び欧州等の諸外国における取扱いを踏まえた上で当事者や第三者等が権利範囲を把握することが可能となる合理的な指定役務の表示を検討するものとされており、例えば、「他人のための各種商品の品揃えその他の購入の便宜の提供」といったものになるのではないかと予測されます。

  また、審査上の取扱いも追って明らかになると考えられますが、ニース協定では、小売業等の役務は第35 類に分類されているため、同協定に従うと、一区分(第35 類)の料金で複数の小売業等に係る役務を記載することが可能であり、出願人が使用の意思のない役務を多数指定した場合には、これらの指定役務と混同を生じるおそれのある商品について網羅的に他人の登録を排除することも可能となることが懸念されます。こうした問題に対処するため、小売業等に係る役務商標出願については、商標法第3条第1項柱書きの規定の運用を強化し、その使用の意思又は使用実態の確認を行うことが適切であると提言されています(8)

  また、商品・役務間の先行登録商標との調整については、小売業等に係る役務商標と商品商標は、商標の使用目的や使用態様が異なることから、商品と役務の間での出所の混同の蓋然性は必ずしも高くなく、特定の事業者の製造又は販売に係る商品と商品を取り扱う小売業者の提供する役務との間で同一又は類似の商標が使用されたとしても、必ずしも一般的な出所の混同を生ずるおそれがあるとは評価されないものの、小売業者等の提供するサービスにおいて取り扱う商品の内容や小売業に係る商標の使用態様によっては、同一の事業主により提供されるものとの出所の混同が生ずる場合もあると考えられます。したがって、特定の商品商標との間で出所の混同が生じるおそれがあると考えられる場合には、合理的な範囲内において、商品商標と役務商標間において、先行登録商標との関係で問題が生じないような審査の枠組みを検討することが適切であると提言されています(8)

  また、小売業等に係る役務商標は、第35 類の単一の区分で多様な小売業等に係る商標が保護されることになるため、審査においては、どのような単位で役務間の類似を見るかが問題となります。小売業・卸売業という概念の中には、多様な業態が含まれており、小売業等に係る役務商標の間において同一又は類似の商標が使用されたとしても出所の混同のおそれが生じない関係があり得ると考えられる一方、取り扱う商品分野や小売業態によっては、小売業等に係る役務商標同士の間で混同を生ずるおそれがあると考えられるケースもあることから、取引の実情に即した審査基準が示されることが望まれます。
備 考
(1) グラフ1・グラフ2は、平成17年9月27日に開催された「産業構造審議会知的財産政策部会第5回意匠制度小委員会」において配付された「参考資料3」の2頁、及び同部会が平成18年2月にまとめた「意匠制度の在り方について」の7頁より引用。

(2) 他国における意匠権の存続期間の一例は下表の通り。上記「意匠制度の在り方について」の8頁より引用。


(3) 特許庁編「工業所有権法逐条解説」第16版第1045頁参照。

(4) 他に商標法上の「役務」に該当しない例としては、ピザの宅配などの購入した商品の配送、ホテル業者によるバスの送迎などが挙げられる。これらは商品の販売又は役務の提供に付随して提供されるサービスであり、独立して対価を得て取引されるサービスではないからである。また、自社商品の広告や自社の社員に対する教育なども、商標法上の「役務」に該当しない。これらは他人のためにする便益又は労務ではないからである。

(5) 「シャディ」の文字を横書きしてなり、指定役務を第42類「多数の商品を掲載したカタログを不特定多数人に頒布し、家庭にいながら商品選択の機会を与えるサービス」として出願された商標の拒絶査定不服審判において、特許庁が商標法上の役務に該当しないとして請求を棄却したため、出願人がその特許庁の審決の取消を求めた事件(H12.8.29東京高裁平成11 年(行ケ)390 号 商標審決取消請求事件)である。東京高裁は、『商品の譲渡に伴い、付随的に行われるサービスは、それが、それ自体のみに着目すれば、他人のためにする労務又は便益に当たるとしても、市場において独立した取引の対象となっていると認められない限り、商標法にいう「役務」には該当しないものと解するのが相当である。』と判示し、原告の請求を棄却している。

(6) 「ESPRIT」の欧文字を横書きしてなり、指定役務を第35類「化粧品・香水類・石けん類・トイレ用品・めがねフレーム・サングラス・日覆い・宝玉・時計・紙類・紙製品・印刷物・刊行物・書籍・ノートブック・スケジュール帳・住所録・筆記製図用具及びその製品・文房具・キャリングケース・かばん・旅行かばん・かさ・ハンドバッグ・がま口・ベルト・財布・家具・額縁・家庭用小物及び容器・ガラス器・皿・カップ・マグカップ・椀・鉢・石けん入れ・灰皿・くし・スポンジ・歯ブラシを含むブラシ類(絵筆を除く)・ヘアブラシ・メーキャップ用ブラシ・陶磁器製家庭用品・テーブルクロス・ベッドカバー・敷布及び枕カバーを含む寝具類・タオル・ふきん・布製家庭用品・履物及びかぶり物を含む男性用及び女性用及び子供用被服・ゲーム・おもちゃに関連する小売り」として出願された商標の拒絶査定不服審判において、特許庁が商標法上の役務に該当しないとして請求を棄却したため、出願人がその特許庁の審決の取消を求めた事件(H13.1.31東京高裁平成12 年(行ケ)105 号 商標審決取消請求事件)である。東京高裁は、「商品本体の価格とは別に対価が支払われることのないものである以上、サービス自体が独立して取引の対象となっているものとはいえない。」として、「小売において提供される原告主張のような付随サービスは、独立して市場において取引の対象となり得るものではないというべきである。」と判示して、原告の請求を棄却している。

(7) 例えば、カタログやインターネットによる通信販売などでは多様な商品の品揃えが便宜性の高いシステムを通じて提供されている。また、コンビニエンスストアにおいては独自の流通システムが構築され、消費者の生活に近い場所で多様な商品の品揃えが提供されている。商標に化体した事業者の信用を保護するとの商標法の目的からは、多様な商品を取り扱う小売業の商標を個別の商品の譲渡として位置づけ、複数の商品商標によってしか保護しないことは適切でないと考えられる。なぜなら、これらの小売業者が市場において競業関係に立つのは、特定の商品を生産するメーカーやその販売業者ではなく、同様の業態で多様な商品を提供する他の小売業者であり、これらの小売業者の信用を保護するという観点からは、様々な商品の選別、品揃え等を提供すること自体を「役務」として保護することが必要と考えられるからである。

(8) 産業構造審議会の知的財産政策部会が平成18年2月にまとめた「商標制度の在り方について」の11〜13頁を参照。


(H18.7作成: 弁理士 山本 進)


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