発行日 :平成22年 8月
発行NO:No25
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【4】論説〜賃借人死亡の場合の法律関係と賃貸人の対応〜

  高齢者等の借家人が死亡し、家主が事後処理に苦慮するという事態がよくあります。今回、このような場合の法律関係について考察したいと思います。

 まず、賃借人は、賃貸人に賃料支払義務を負っている債務者であるだけでなく、賃貸人に対して目的物を使用収益させる権利や将来の敷金返還請求権を有する債権者であり、賃借人の死亡によっても賃貸借契約は消滅せず、賃借権は相続財産として相続人に当然に承継されることになります。相続人が複数であればその全員が共同相続し、全員が使用収益権を有することになります(民法264条)。この点は、賃料支払義務のない使用貸借が借主の死亡により消滅する(民法599条)のとは異なります。なお、部屋に残された動産類も当然に相続財産であり、賃貸人が勝手に処分することはできません。
 よって、賃貸人としては、交渉相手として、新たに賃借人となる相続人を探すことから始めなければなりません。
 具体的には、戸籍調査により賃借人の生まれてから死亡するまでの戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍を収集し、さらには賃借人の相続人である子の戸籍と戸籍の附票も収集しなければならず、賃借人の親族が保証人となっている場合等、親族の協力が得られる場合はよいですが、事案によっては数か月以上かかることもあります。
 戸籍調査等の結果、相続人が判明した場合、賃貸借契約を終了させるには、相続人全員に対して解除の意思表示をする必要があります(民法544条1項、最高裁S36.12.22)。その時点で賃料がある程度滞納となっていることが多いと思われるので、敷金から滞納賃料を控除しても賃借人に返還すべきものがない状況であれば、催告及び解除の通知により終了させることも考えられます。しかし、一方的意思表示による場合、家賃の滞納があっても信頼関係の破壊がなければ解除権を行使できないという判例法理や、残存動産類の処分の問題で、後で争いになる可能性があります。よって、あらためて相続人全員と合意解除の書面を交わしておくべきです。具体的には、相続人全員から、合意解除の同意書を取得しておくのが簡便ですが、同意書の中で、敷金の処理、残存動産類の処理(賃貸人において処分する等)は明確にしておくべきです。

 敷金を充当しても未払賃料が残る場合、それを誰に請求すればよいかという問題がありますが、保証人がいれば保証人に請求できることはもちろん、賃料債務は性質上不可分債務と解されており、法律上は賃貸人は相続人の誰か1人に対して資料全額を請求できます(民法430粂、432条)。しかし、相続人の誰かが使用継続を希望する場合であればともかく、解除を前提とするのであれば、相続人にあらたな出捐を求めることは交渉を難航させる原因となるので、なるべく敷金の範囲内で処理できるよう早期に交渉すべきでしょう。
 なお、現に相続人の誰かが引き続き使用継続している場合であれば、『賃貸借契約において、賃借人が死亡し、数人の相続人が賃借権を相続したものの、そのうち特定の相続人のみが賃借物を使用し、かつ賃料を支払っているような場合は、他の相続人は賃貸借に係る一切の代理権を当該相続人に授与したと見て差し支えないこともあり、そのような特段の事情がある場合は、賃貸人は、当該相続人に対してのみ賃料支払いの催告や契約解除の意思表示をなせば足りる』と判示した裁判例があります(大阪地裁H4.4.22)。この裁判例によれば賃貸人は当該特定の相続人との間で交渉・合意すれば足りるということになりますが、相続人間の遺産分割の問題でもあるので、紛争を避けるためには、相続人全員との間で合意書を交わすことが望ましいと考えます。

 一方、戸籍調査等によっても、戸籍上相続人がいない場合があります。また、相続人がいたとしても、その全員が相続放棄する場合があります。このような場合、法律上は、「相続人のあることが明らかでないとき」に該当し、賃借権や残存動産類を含む相続財産は法人となり(民法951条)、賃貸借契約は相続財産法人との間で継続することになります。この場合、賃貸人の交渉相手は相続財産管理人ということになり、賃貸人は「利害関係人」として家庭裁判所に相続財産管理人選任の申立てを行い(民法952条1項)、相続財産管理人との間で賃貸借契約を合意解除するのが法律の建前ということになります。しかし、相続財産管理人選任の申立てにおいては、相続財産管理人の報酬や実費に充てるため、一般に数十万円以上の予納金が必要であり、十分な相続財産が存在すれば相続財産の清算手続において返還されるものの、相続財産が小額な場合は持ち出しとなってしまいます。

 では、このような面倒を避けるために、賃貸借契約において、賃借人が死亡したときには終了するとの特約を結ぶこと(終身建物賃貸借契約)が可能か問題となりますが、このような特約は、「建物の賃借人に不利なもの」であるとして、借地借家法30条により無効であると解釈されています。
 しかし、高齢者が安心して生活できる居住環境を実現する趣旨で制定された『高齢者の居住の安定確保に関する法律』により、一定の要件を満たした場合のみ、借地借家法30条の特例として、終身建物賃貸借契約を締結することが認められています。ただし、終身建物賃貸借事業者としての都道府県知事の認可、一定の基準を満たしたバリアフリー住宅であること、60歳以上の賃借人に対し終身にわたって賃貸するものであること等の条件が必要です。
賃貸人としては、賃借人が死亡したときに備えて、予めこのような法律の適用を考えて契約したり、若い世代の親族を保証人としておくことが必要と言えます。

(参 考)
高齢者の居住の安定確保に関する法律 第56条 自ら居住するため住宅を必要とする高齢者(六十歳以上の者であって、賃借人となる者以外に同居する者がないもの又は同居する者が配偶者若しくは六十歳以上の親族(配偶者を除く。以下この章において同じ。)であるものに限る。以下この章において同じ。)又は当該高齢者と同居するその配偶者を賃借人とし、当該賃借人の終身にわたって住宅を賃貸する事業を行おうとする者(以下「終身賃貸事業者」という。)は、当該事業について都道府県知事(機構又は都道府県が終身賃貸事業者である場合にあっては、国土交通大臣。以下この章において同じ。)の認可を受けた場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、借地借家法第三十条 の規定にかかわらず、当該事業に係る建物の賃貸借(一戸の賃貸住宅の賃借人が二人以上であるときは、それぞれの賃借人に係る建物の賃貸借)について、賃借人が死亡した時に終了する旨を定めることができる。

(H22.7作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)
→【1】論説:歴史上の人物名からなる商標出願について
→【2】論説:自炊の後始末:電子書籍化と著作権
→【3】論説:原告商品を模倣した商品を譲り受けたときの被告の善意無重過失について争われた事例
→【5】記事のコーナー :「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)の審査基準の改訂について
→【6】記事のコーナー :外国への特許出願について〜中国〜
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