発行日 :平成25年 1月
発行NO:No30
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説:新しいタイプの商標制度導入をめぐる商標法改正の動きについて
1 新しいタイプの商標制度導入の検討
  特許庁は、平成20年7月28日に、動き、音等の新しいタイプの商標の法的保護の検討を行うため、産業構造審議会知的財産政策部会の商標制度小委員会において、「新しいタイプの商標に関する検討ワーキンググループ」を設置し、5回の審議を行って、その検討を進め、平成21年10月に「新しいタイプの商標に関する検討ワーキンググループ報告書」を発表しました。
  既に欧米や東アジア諸国でも新しいタイプの商標の登録が認められており、日本も環太平洋経済連携協定(TPP)への交渉参加など自由貿易の加速に合わせ、世界におけるのと同一水準の知的財産保護を図る必要性に迫られるため、その後、商標制度小委員会において、新しいタイプの商標制度の導入に関しても審議を重ね、特許庁は、平成24年12月17日に「新しいタイプの商標の保護の導入」についての対応の方向性などをまとめた報告者「商標制度の在り方について」(案)(以下、「報告書」という。)を公表し、これに対する意見募集(いわゆるパブリックコメント)を平成25年1月16日まで行うと発表しています。
  意見募集の手続は、法律改正が間近に迫っていることを意味しますから、新しいタイプの商標制度の導入についての商標法の改正は、早ければ今年の通常国会に法律案が提出され、来年には施行されるのではないかと思われます。
  本稿では、新しいタイプの商標制度導入をめぐる商標法改正がどのような制度設計を念頭に置いているのかその概要を説明し、実務上、準備しておくべき事項についてご紹介したいと思います。
  なお、新しいタイプの商標の種類にはどのようなものがあるかについては、弊所の事務所報22号で紹介していますので、ご参照ください。

2 新たに保護対象とする商標の類型
  報告書では、「動き」、「ホログラム」、「輪郭のない色彩」、「位置」、「音」を新たに商標法の保護対象とすべきであるとする一方で、「におい」、「触覚」、「味」については、適切な制度運用が定まった段階で保護対象に追加できるようにすることが提言されています。
  具体的には、 新しいタイプの商標の保護を導入するに当たって、商標法第2条の商標の定義を限定列挙ではなく、包括的な規定とし、現時点で保護対象とすべき新しいタイプの商標を例示した上で、今後追加する類型については、政令に委任することが念頭に置かれていると考えられます。

3 商標の定義
  報告書では、「商標の定義」について、具体的に例示を挙げた上で包括規定とすることが適当であり、また、自他商品役務の識別性を定義に追加すべきであるという意見が多数を占めたとされています。
  これは、商標の本質的機能は自他商品等識別機能や出所表示機能等であり、裁判例においてその旨を判示しているものも多数存在しているにもかかわらず、現行の「商標の定義」では、現実には自己の商品等と他人の商品等を識別できる標章であっても、列挙された類型でない限り、一律に「商標の定義」から除外されることとなる弊害があることから、「商標の定義」を新しいタイプの商標が入りうる包括規定とした上で、商標の本質的機能を持たない商標を除外する趣旨で自他商品役務の識別性を「商標の定義」に追加すると言う提言です。
  具体的な立法化に際しては、「商標」の本質的な定義を変更することは、商標法の体系に大きな影響を与えることのないよう配慮すべきものと考えられます。

4 新しいタイプの商標と使用の定義
  報告書では、視覚で認識できる新しいタイプの商標については、現行規定で十分だが、視覚で認識できない「音」の商標については、現行の「使用」の定義には含まれない使用行為があると考えられるため、「音」の商標を使用する行為について整備することが適当であるとしています。
  また、現行の商標法では、登録文字商標について音声として発する行為は、商標の使用に該当しないとされていますが、今後、「音」が商標の定義に含まれることにより、文字商標の音声的使用が「音」の商標の使用となる場合が生じうるので、制度改正後は、特許庁における類否判断をより適切に行うとともに、制度改正前から行われてきた「音」の商標の使用について、継続的な使用が可能となるような措置を整備することが適当であるとされています。

5 権利範囲の特定方法
  報告書では、新商標の出願については、その権利範囲を明確に特定し、当該商標の内容を明確に認識できるようにする必要があることから、
  @どのようなタイプの商標であるかの記載、A商標の詳細な説明、B音源データ等の資料の提出を求めることができるよう規定を整備し、登録商標の範囲については、商標記載欄の商標見本のみならず、商標の詳細な説明及び提出される資料の内容を考慮して、その具体的な範囲が画されるよう規定を整備することが適当とされています。ここでは音源データのみが資料として例示されていますので、商標見本は五線譜で表示した上で、音源データの提出も必要とすることが念頭に置かれていると考えられます。

6 登録要件と不当録事由
  報告書では、今般改正を予定している新しいタイプの商標の自他商品役務の識別力について、基本的な考え方は以下のとおりとし、そのために必要な規定や審査基準を整備することが適当であるとしています。
  @ 自他商品役務の識別力を有しない文字や図形等からなる「動き」、「ホログラム」、 「位
       置」の商標については、原則として自他商品役務の識別力を有しないものとする。
  A 単一の色彩や専ら商品等の機能又は魅力(美観)の向上のために使用される色彩からな
       る「輪郭のない色彩」の商標については、原則として自他商品役務の識別力を有しないも        のとする。
  B 石焼き芋の売り声や夜鳴きそばのチャルメラの音のように、商品又は役務の取引に際して        普通に用いられている音、単音、効果音、自然音等のありふれている音、又はクラシック音        楽や歌謡曲として認識される音からなる「音」の商標については、原則として自他商品役務        の識別力を有しないものとする。
  C 言語的要素を含む音については、その言語的要素を勘案するなど、音の商標の構成を        勘案して自他商品役務の識別力を判断する必要がある。

  また、報告書では、その登録によって商品又は役務自体を独占し、自由競争を不当に制限するおそれがあるものがあるとするなら、それについては、現行の立体商標と同様に、たとえ使用による識別力を有するに板至ったとしても、その登録を認めないよう、緊急用のサイレンや国歌等の公益的な「音」の商標は、一私人に独占を許すことは妥当ではないことから、その登録を認めないよう、それぞれ必要な規定や審査基準を整備することが適当としています。

7 商標の類否
  報告書では、商標の外観、観念、称呼等によって需要者等に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察することとされている従来の商標類否の基準が、新しいタイプの商標の類否判断についても適用され、立体商標と平面商標のようにタイプが異なる商標同士の類否判断は現行でも行われていることから、新商標についても、性質上可能なものについては、タイプ横断的に類否を判断することが適切と考えられるとしている。
  この点、言語的要素を含む音商標と文字商標の類否判断や動画の一場面と図形商標の類否判断などをどのように取り扱うか具体的な検討に待つしかないが、クロスサーチを実施するかなど実務的に注目されます。

8 商標権の効力の制限
  報告書では、新しい商標の保護の導入に当たっては、自他商品役務の識別力を有しない標章等についての第三者の自由な使用が確保されるよう、商標権の効力を及ばない範囲(第26条第1項各号)を整備することが適当であるとしています。
  そして、商標権侵害訴訟の場面において、第三者による「商標」の使用態様が自他商品役務の識別性を発揮するものでないにもかかわらず、商標権者から訴えを提起されることがあることについて、裁判例で採用されている「商標的使用論」を立法的に明確化するため、商標が自他商品等識別機能又は出所表示機能を発揮する態様で使用されていない行為については商標権侵害を構成しない旨を法律上規定することが適切であるとしています。
  また、「音」や「動き」の商標が登録され、それらが使用される場面においては、著作権との抵触のみならず、著作隣接権との抵触も想定されるが、登録商標の使用が商標登録出願前に生じた他人の著作隣接権と抵触する場合についても、その部分については、他人の知的財産権との調整規定(第29条)と同じく、登録商標の使用が制限される旨を明定することが適当としています。

9 経過措置
@ 継続的使用権
       報告書では、新しいタイプの商標の保護が導入される以前から使用されてきた商標に蓄積      されている信用を保護し、既存の取引秩序を維持する必要があるので、制度改正前から新し      いタイプの商標を使用している者については、役務商標が導入されたときと同様に、一定の      要件の下で、継続的使用権を認めると共に、商標権者の商標権の行使が制限されることを      勘案して、混同防止表示請求権を整備する経過措置を認めることが適当であるとしていま      す。この点は、従来の新制度導入においても採用された措置であり、必要なことと考えられ      ます。

A 出願日の特例、使用に基づく優先・重複登録の特例
       報告書では、新しいタイプの商標について、出願日の特例、使用に基づく優先・重複登録      の特例のいずれも設ける必要はないとしている。その理由は、諸外国の出願状況、タイプが      異なる商標間の審査によって、他人の商標と抵触する出願は商標法第4条第1項第10号      等の規定によって拒絶されることなどを踏まえると、制度施行当初に事務処理上の混乱を招      くおそれがある程の出願が集中するとは想定し難く、これらの措置が先願主義を採用する現      行商標制度上極めて例外的なものであり、通常の商標出願を含めた審査全体が遅延するお      それがあること、重複登録を認めた場合には同一又は類似の商標に複数の権利が並存する      ことによる影響があるからとしています。
       確かに、新しいタイプの商標の出願の数がそれほど多くはないと予想されますが、導入当      日に出願しなければ、先願権を確保できないとなると、出願人及び代理人の負担が大きく、      出願を予定している企業は、十分注意する必要があります。 この点に加えて、新しいタイプ      の商標の登録には、前述したように自他商品役務の識別力を獲得しておかなければならな      いケースが多いので、改正法の施行前から、識別力を獲得したことを証する資料を確保する      などの準備が必要になると考えられます。

(H25.01作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)



→【2】論説:〜「知財事件」と「一般事件」とは、こんなところが違う〜
→【3】論説:出願後に提出された実験結果の参酌について
→【4】論説:営業秘密の保護と競業禁止特約について
→【5】記事のコーナー:エネルギーと日本の技術について思うこと
→【6】記事のコーナー:台湾への特許出願について
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