発行日 :平成25年 1月
発行NO:No30
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜出願後に提出された実験結果の参酌について〜
1.はじめに
  本稿は、知財高裁の審決取消訴訟の判例を参考に、出願後に提出された実験結果証明書は、進歩性の判断において、どのようなケースであれば参酌が認められるのかについて、若干の考察をするものである。

2.特許・実用新案審査基準の規定
  出願人は、拒絶理由通知を受けたとき、引用発明との構成上の違いに加え、効果の相違についても出願当初の明細書の記載に基づいた主張ができないかを検討する。
  しかし、当初明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとは限らず、明記されていない場合もある。そこで、出願人としては、事後的ではあるが、意見書と共に実験結果証明書を提出し、当初明細書で明記されていなかった効果の立証を試みる場合がある。
  このような実験結果証明書が提出された場合の扱いについて、特許庁の特許・実用新案審査基準には、次のとおり、当初明細書の記載からその有利な効果が「推論できる」か「推論できない」かによって参酌の是非のメルクマールとする旨の規定がある。


「特許・実用新案審査基準 「第U部」「第2章」「2.5」「(3)」
A意見書等で主張された効果の参酌
  明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。(参考:東京高判平10.10.27(平成9(行ケ)198))


3.判例

  裁判所においても、実験結果証明書の参酌の是非が争点となる場合がある。例えば、知財高裁平成22年7月15日判決(以下、「本判決」という)は、発明の名称を「日焼け止め剤組成物」とする発明について、平成11年7月29日にPCT出願をした米国法人である原告が、平成18年11月15日に拒絶査定を受けたため、平成19年2月19日に拒絶査定不服審判(不服2007-5283号事件)を請求したところ、特許庁が平成21年3月31日付で請求不成立の審決をしたので、原告がその審決の取り消しを求めた平成 21年(行ケ)第10238号審決取消訴訟事件の判決であるが、同事件では、以下に説明するとおり、審判段階及び審決取消訴訟段階で提出された実験結果の参酌の是非が争点となった。
  以下、前提事実として、拒絶審決を受けた特許請求の範囲の記載、主引例との一致点・相違点、審決の判断、原告から提出された実験結果の内容について確認した後、本判決の判示を考察する。

(1)特許請求の範囲
  拒絶審決を受けた特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、「本願発明」という)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
  日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:
  a)安全で且つ有効な量の、UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;
  b)安全で且つ有効な量の安定剤であって、次式、
【化1】

を有し、式中、R1及びR1’は独立にパラ位又はメタ位にあり、独立に水素原子、又は直鎖もしくは分枝鎖のC1〜C8のアルキル基、R2は直鎖又は分枝鎖のC2〜C12のアルキル基;及びR3は水素原子又はCN基である前記安定剤;
  c)0.1〜4重量%の、2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及び
  d)皮膚への適用に好適なキャリア; を含み、前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で、前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物。
(2)主引例との一致点・相違点
ア 一致点
  日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:
a)安全で且つ有効な量の,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;
b)安全で且つ有効な量のα−シアノ−β,β−ジフェニルアクリレート安定剤;及び
d)皮膚への適用に好適なキャリア;
を含み、前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤の量が1%以上の場合には、前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で、前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物である点

イ 相違点
  本願発明は、請求項1の構成c)において、「0.1〜4重量%の2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種を含む」ことを特定しているのに対し、特許庁が引用した主引例(特開平9−175974号公報、判決文中では「引用例A」)は、「任意に通常のUV−Bフィルターを含む」とされている点

(3)審決の判断
  審決は、上記相違点に対する容易想到性について、次のとおり判断した。

  ア 本願の優先権主張の日の前において,「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」が代表的な「UV−Bフィルター」(UV−B吸収剤)の1つであって,既にそれを含む商品が販売され,他の公知のUV吸収剤と併用されることは,周知である。そうすると,引用例Aの「任意に少なくとも1種の通常のUV−Bフィルターを・・・含み」なる記載及び「UV−B線の濾波に使われる材料に関してはその選択に全く制限がない」なる記載に従って,「代表的なUV−Bフィルター」成分の中から「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選定することは容易である。
  イ そして,その際の配合量として,引用例Aには「UV−Bフィルターが約1〜約12%の量で存在する」と記載されているので,かかる範囲と重複する「約0.1〜4重量%」と特定することも当業者が適宜なし得る。
  ウ 本願明細書には実施例として化粧品の製造例が記載されているにすぎず,本願発明の効果については一般的な記載にとどまり,客観性のある具体的な数値データをもって記載されているものではない。また,特に「UV−Bフィルター」を「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」に特定することによる効果については,何ら具体的に記載されていない。よって,本願明細書の記載からは,格別予想外の効果が奏されたものとすることはできない。
  なお,平成19年3月19日付けの審判請求理由補充書において【参考資料1】として記載された本願発明(請求項1の組成物)のSPF又はPPDに関する効果については,本願明細書には「UV−Bフィルター」を「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」に特定することによる効果が何ら具体的に記載されていないので,参酌することができない。仮にこれを参酌したとしても,SPF又はPPD値自体がUV線に対する効果の指標であるから,UV−Bフィルターとして代表的な成分の中から「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選定する際に当然その値を確認しつつ選定をするものと理解されるので,そのようなSPF又はPPDに関する効果をもって,当業者が予期し得ない格別予想外のものであるとすることはできない。

(4)原告から提出された実験結果の内容
  審判段階及び審決取消訴訟段階で原告から提出された証拠は、下記@「本件追加比較実験組成物データ」に示す組成物に対し、下記A「本件追加比較実験の測定結果表」に示す実験結果が得られたというものである。


  データの見方を説明すると、上記A「本件追加比較実験の測定結果表」において、インビトロSPFスコアはUVB防止効果を評価する指標であり、他方、インビトロPPDスコアはUVA防止効果を評価する指標である。このSPF値とPPD値が共に従来品(比較例)と比較して高いことが、「広域スペクトルの紫外線防止効果に優れている」という効果が得られていることを示すものとなる。

  さらに、UV照射前とUV照射後のデータを比較し、UV照射後においても高いSPF値及びPPD値を維持していることが、「光安定性に優れている」という効果が得られていることを示すものとなる。

  組成物について補足すると、上記@「本件追加比較実験組成物データ」において、「エンスリゾール」(2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸)は、主引例との相違点、すなわち請求項1の構成c)にかかるUVB日焼け止め剤活性種である。

  また、「アボベンゾン」(4−(1,1−ジメチルエチル)−4’メトキシジベンゾイルメタン)は、請求項1の構成a)の一例である日焼け止め剤活性種であり、「オクトクリレン」(2−エチルヘキシル−2−シアノ−3,3−ジフェニルアクリレート)は、請求項1の構成b)の一例である安定剤である。

(5)知財高裁の判断
  本判決は、本願当初明細書には「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」と特定したことによる本願発明の効果に関する記載がされていると理解できるから、本件においては、本願発明の効果の内容につき、審判段階で提出された実験結果を参酌することが許されると判断し、これに反する審決の同実験結果を参酌すべきでないとした判断には誤りがあると判示した。
  以下、本判決が審決の判断には誤りがあると判断した主な理由を、判決文の中から抜粋して確認する。
第4 当裁判所の判断 1 審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤りについて (1) 審決は,本願発明が,特許法29条2項の要件を充足しないことを理由とするものである。
  ところで,特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,当初明細書に,「発明の効果」について,何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して,主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。
  また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると,本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。
  他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。

(2) 上記観点から,本件について検討する。
  本願当初明細書(甲3,段落【0011】)には,本願発明の作用効果について,「本発明の組成物は,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種,すでに定義された安定剤,UVB日焼け止め剤活性種,及びキャリアを含み,実質的にはベンジリデンカンファー誘導体を含まない組成物であるが,現在,驚くべきことに,本組成物が優れた安定性(特に光安定性),有効性,及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を,安全で,経済的で,美容的にも魅力のある(特に皮膚における透明性が高く,過度の皮膚刺激性がない)方法で提供することが見出されている。」との記載がある。
  また,本願当初明細書(甲3,段落【0025】)には,UVB日焼け止め剤活性種(UV−Bフィルター)について,「好ましいUVB日焼け止め剤活性種は,2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸,TEAサリチレート,オクチルジメチルPABA,酸化亜鉛,二酸化チタン,及びそれらの混合物から成る群から選択される。好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸である」との記載がある。
  さらに,「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」は,並列的に記載された様々な「UV−Bフィルター」の中の1つとして公知のものである(甲2の1〜9)。
  以上の記載に照らせば,本願当初明細書に接した当業者は,「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる
  他方,本件【参考資料1】実験の結果によれば,本願発明の作用効果は,@本願発明(実施例1)のSPF値は「50+」に,PPD値は「8+」に各相当し,従来品(比較例1〜4)と比較すると,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと(広域スペクトルの紫外線防止効果に優れていること),A本願発明は従来品に対して,紫外線照射後においても格段に高いSPF値及びPPD値を維持していること(光安定性に優れていること)を示しており,上記各点において,顕著な効果を有している。
  確かに,本願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない

(3) 被告の主張に対する判断
  ア ・・・省略・・・
  イ また,被告は,段落【0011】の記載は,本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって,本願当初明細書によっては,どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。
  しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や,数値が明示的に記載されていない場合,発明の効果が記載されていると推測できないこととなり,後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は,出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとることとなり,採用の限りでない
  ウ ・・・省略・・・

(4) 以上のとおり,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。
  本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきでないとした審決の判断は,誤りである。

2 本件【参考資料1】実験の結果を参酌しても,顕著な作用効果はないとした審決の判断の誤りについて

  当裁判所は,本件各実験の結果によれば,本願発明に係る日焼け止め剤組成物の作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が優れているという作用効果)は,当業者にとって予想外に顕著なものであったと解すべきであり,これに反して,紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認し得たことなどを理由として当業者が予想し得た範囲内であるとした審決の判断には誤りがあると判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 平成19年3月19日付け手続補正書(甲6)により補正された審判請求書にある本件【参考資料1】実験の結果(別紙「本件【参考資料1】実験の結果」)によれば,[表1]の実施例1が,本願発明の組成物に相当するものであり,比較例1は,実施例1において,エンスリゾール(「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」)に代えて水を同量配合したものであり,比較例2ないし4は,実施例1において,エンスリゾール(「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」)に代えて,「オクチノキセート」,「オキシベンゾン」又は「メチルベンジリデンカンファ」を,同量配合したものである。そして,[表2]のSPF及びPPDの値をみると,前記のとおり,@本願発明(実施例1)のSPF値は「50+」に,PPD値は「8+」に各相当し,従来品(比較例1〜4)と比較すると,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと(広域スペクトルの紫外線防止効果に優れていること),A本願発明は従来品に対して,紫外線照射後においても格段に高いSPF値及びPPD値を維持していること(光安定性に優れていること)を認めることができる。

(2) 他方,本件訴訟係属中に原告が実施した本件追加比較実験の結果によれば,1%の2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸を水に溶解したもの(比較例5)と,日焼け止め剤活性種としては1%の2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸のみを含み,日焼け止め剤活性種以外の他の成分を共に含む組成物(比較例6。その詳細な組成は,別紙「本件追加比較実験組成物データ」のとおり)について,インビトロSPFスコア及びインビトロPPDスコアを測定した結果は,別紙「本件追加比較実験の測定結果表」のとおりであり,日焼け止め剤活性種として2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸のみを含む比較例5及び6では,インビトロPPDスコアだけでなくインビトロSPFスコアも低く,広域スペクトルの紫外線(UVA及びUVB)防止効果を十分に得ることができないものであるといえる(弁論の全趣旨)
  なお,本件各実験における日焼け止め剤組成物の調製方法,評価方法,実験実施者等については,原告において別紙「本件各実験における日焼け止め剤組成物の調製方法,評価方法,実験実施者等」のとおりであることを明確にしており,実験能力等を有する利害関係者による詳細な反対立証もされ得ない現段階においては本件各実験の信用性を左右するに足りる証拠はないといえる。

(3) そうすると,本願発明は,2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより,各成分が互いに作用し合う結果として,当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものであると認めることができる
  したがって,紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認し得たことなどを理由として当業者が予想し得た範囲内であるとした審決の判断は誤りである。

4.考察
  本判決は、出願後に提出された実験結果の参酌の是非について、『当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべき』との判断基準を示した。この判断基準は、当初明細書の記載からその有利な効果が推論できる場合は参酌するが、推論できない場合は参酌すべきでないとしている特許・実用新案審査基準と概ね整合している。
  よって、本判決は、出願人と第三者との公平の観点についても言及している点は異なるが、基本的には特許庁の審査基準とも整合するもので、効果が推論できる場合の事例として参考になると考えられる。

  ただ、本判決が、審決取消訴訟段階での実験結果についても参酌し、日焼け止め剤活性種として2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸のみを含む比較例5及び6では、PPD値だけでなくSPF値も低く、広域スペクトルの紫外線(UVA及びUVB)防止効果を十分に得ることができないものであるといえるということを弁論の全趣旨で認定した点は、以下の問題を指摘することができる。
  すなわち、本判決が審判段階で提出した実験結果の参酌が許されると判断したのは、当初明細書の段落【0011】及び【0025】の記載を根拠としているところ、確かに、段落【0011】には、本件発明の効果について、「光安定性」、「紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)」との記載があり、段落【0025】には、UV−Bフィルターについて、「好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸である」との記載があるから、「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選択すると、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有するということが推論できる、とする本判決の認定は、その限りでは理解できる。
  ところが、審決取消訴訟段階での実験結果によれば、「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を用いるだけでは、広域スペクトルの紫外線(UVA及びUVB)防止効果を十分に得ることができない、というのである。  そうすると、段落【0011】及び【0025】の記載を根拠に、「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選択すると、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有するということが推論できる、とした前段部分の認定は揺らいでしまうように思われる。
  本判決は、審決取消訴訟段階で提出された実験結果に基づいて、「本願発明は、2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより、各成分が互いに作用し合う結果として、当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものである」と認定しており、審決取消訴訟段階で提出された実験結果の方は「予想外の顕著な作用効果」の認定のために用いたもので、効果を推論できる場合に該当するとした前段部分の認定とは切り離しているのかも知れないが、判決全体の整合性という点で、疑問なしとはいえない。

(H25.01作成: 弁理士 山本 進)


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